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 あなたは願いを奇跡のように叶えられる。人生を望むものに絶対変えられる。

闇があるから光が輝く。

女は命を懸けて決断する時がある

女が命を懸けて決断しなければならないことって、、、
わかりますか?

そうです。
出産です。

お話ししたように
私は母親に嫌われ、日々精神的な虐待を受けていたので
自分が子供をつくろうとした時にとても心配だったのです。

もしも、母のように子供を愛せなかったら、、、
五体満足で生まれてこない場合も自分はほんとうに愛せるのか?

普通に愛されてきた人からすると想像できないかもしれませんが、
不安で不安で心配で心配で、
もうこれ以上年取ると子供ができないかもしれない
そんな年まで心配で子供をつくることはできませんでした。

しかも、結婚してやっと家族ができて
少しは幸せのようなものを感じられるようになったのに、、、

出産で命を落とすこともあるし、
障害のある子が生まれたらつきっきりの人生になるだろうし、
もし子供を愛せなかったら、、、
愛せない自分が怖い。

今までだって不幸だったのだから、
幸せになれるはずがない。
きっとまた不幸になるに違いない。

マイナスの思いと感情が
フツフツと湧き出してくるのです。


でもね。
その時、私の目の前にほんとうに2つの道が見えたんですよ。
(人生は選択の連続だって聞いてましたが、
ほんとうに人生の選択ってあるんですね。)

私の目の前に見えたのは、
1つは子供を産んで障害がありまた不幸になるという道、考え方
(これは私の場合であって、障害があるから不幸だということではありません)
もう1つは子供を産んで幸せになるという道、考え方です。

そして、私は勇気をもって
子供を産んで幸せになるという道、考え方を選びました。


喜びの絶頂で感謝する日がやってきた

出産は大変でした。
高齢出産というのもあったし、自分でも気づいてなかった病気もあったし
二重三重の出産の痛みと苦しみでした。

最後はもうここで自分は死んでいいと思いました。
でも、その前にこの子だけは産まないとという思いだけで産むことができました。

その後も心配でしょうがなかったのですが、、、
どうやら大きな障害もなく五体満足で生まれてきたようです。

そんなある日、添い寝している我が子を見て
ああ、もしこの子が何か危機に瀕して
私が命を捧げることで助かるなら
喜んで捧げるだろうなぁと思った瞬間でした。

自分は人を愛せるという本質的な喜びが
胸の奥から湧き上がって息ができないぐらいになったのです。

私はあまりの喜びにころげ回って
神様に、私は幸せです!!私は幸せです!!と何度も叫びました。

それからなんです。
毎日がうれしくってうれしくって、感謝で感謝で光輝き 、
幸せと幸福感の中で生きるようになったのは。

道で会う人々にお陰様で、お陰様でと頭を下げたくなり、
歩いてるのらネコにさえ頭を下げたくらいです。

そして、この感謝と喜びにあふれる高い心のレベルの中で、
ふと思ったことや願ったことが
次々と奇跡のようにかなっていきだしたんです。



比較しなければ何もわからないという宇宙の真理

子供が無事に生まれたという人は大勢います。
というか大半の人が無事に生まれます。
そして、人々は当たり前に我が子を愛します。

このごく当たり前のことに
なぜ、こんなにも幸せを感じ、幸福感につつまれて生きられるのか?

それは、愛されない。
そして、人を愛せない苦しみの中にずっといたから
その闇と光を比較するということができるんです。
闇が深ければ深いほど、、、光は輝き増します。


(その闇があったから、私は私の光を今表現しています。
今、闇にある人もその人の光を表現するために闇を経験しているのかもしれませんね。 )